EC
EC戦略の立て方。追う数字を絞り、何を捨てるか決める
やることリストはびっしり埋まっているのに、売上も利益も思ったほど動かない。EC事業者から受ける相談で一番多いのが、この状態です。広告も回している、SNSも更新している、モールにも出している。一つひとつは悪い手じゃないんです。なのに、やった分の手応えが数字に残らない。だいたいの原因は、限られた人とお金と在庫を、全部の施策にうすく配ってしまっていることです。自分が見てきた中では、何を全力でやるかより、何をやらないかを先に決めた事業ほど、数字が動いてきました。
戦略は「何を捨てるか」から始まる
目的・目標・戦略・戦術の4つを上から揃える話はEC・D2Cの売上を伸ばす全体像に書きました。ここではそのうち戦略の層だけを、もう少し深く扱います。先にあちらを読んでもらえると、ここからの話が頭に入りやすいはずです。
戦略というと、やることを並べた立派な計画書を思い浮かべる人が多いです。でも自分の考える戦略は逆で、限られた人とお金と在庫を、誰に、何に、どれだけ寄せるか。そして残りを潔く捨てるか。ここまで決めて、やっと戦略と呼べます。やることだけ100個並べた計画は、自分から見ればただのやりたいことリストで、戦略とは呼べないと思っています。
なぜ捨てる話が先に来るのでしょうか?
EC事業の資源は、いつも足りないからです。人は2、3人、広告予算は月に数百万、在庫を仕込む現金も限りがある。この限られた手持ちで全方位に手を出すと、どの施策も中途半端になって、当たりが出る前に息切れします。逆に1点に寄せれば、そこだけは競合より速く、深く回せる。捨てると決めるから、競合に勝てる場所が1つできます。

追う数字を1つに絞る。KGIの決め方
戦略を立てるとき、自分が最初にやるのはKGI(最終的に追う1つの数字)を決めることです。売上なのか、営業利益なのか、新規顧客数なのか、定期の継続者数なのか。事業のいまの状態によって、追うべき1つは変わります。
ここでやりがちな失敗が、全部を同時に追うことです。売上も利益も新規もリピートも、全部伸ばしたい。気持ちは分かりますが、その全部欲しいは現場では通りません。売上を最優先にするなら赤字覚悟で広告を踏む、利益を最優先にするなら新規を絞ってリピートに寄せる。打ち手が正反対になるからです。KGIが2つあると、現場は毎回どっちを取るか迷い、結局どちらも中途半端になります。
たとえば赤字続きで現金が細っているEC会社なら、KGIは売上ではなく営業利益に置きます。営業利益が残るかどうかは、商品1つあたりのLTVが、CPAや物流費といった原価を上回るかで決まります。その数字の出し方はD2Cのユニットエコノミクスにまとめています。月商を伸ばすより、まず1件売るごとに利益が残る形に直す。逆に、資金に余裕があってシェアを取りに行く局面なら、一時的に利益を捨ててでも新規顧客数をKGIに据える。同じEC会社でも、置く数字は時期で入れ替わります。

KGIを支える数字までほどく。KPIの決め方
KGIが決まったら、それを動かす手前の数字に分解します。これがKPI(KGIを動かすための中間の数字)です。ここでも、たくさん並べないほうがいいです。
仮にKGIを営業利益に置いたとします。利益は、ざっくり「顧客数かける1人あたりの累計粗利、引く固定費」でできています。累計粗利というのは、新規も含めて1人が何回買って、いくら粗利を残すかの合計です。このうち、いま一番詰まっているのはどこか。新規は取れているのに1人あたりの粗利が薄いなら、追うKPIは新規数ではなく、定期の継続回数や客単価になる。逆に粗利は十分でも新規が止まっているなら、KPIはCPA(顧客1人を取る単価)や広告のCVRに移ります。
KGIをどんな数字に分解できるかは、1人の顧客あたりの採算を見る考え方とそのまま重なります。LTVとCPAの割り算をどう組むかはD2Cのユニットエコノミクスで詳しく書いたので、ここでは「KGIをほどくとどのKPIが詰まっているか」を読み当てるところまでにします。
KPIは多いほどいいものではありません。いま一番詰まっている1、2個に絞らないと、現場はどこに手をつけていいか分からなくなります。
KPIを2、3個に絞ると、現場の会話が変わります。「今週は継続率を上げる施策だけやる」と言い切れる。あれもこれもやろうとすると、毎日の判断がぶれて、結局どの数字も動きません。追う数字を絞ると、現場が毎日迷わずに済みます。
人とお金と在庫を、詰まっている1点に寄せる
詰まっているKPIが分かったら、次は資源配分です。限られた人、お金、在庫を、その1点に寄せます。ここで「全部の施策に均等に」とやってしまうと、せっかく絞ったKPIが動きません。
たとえば継続率が詰まっていると分かったなら、広告予算を少し削ってでも、人を同梱物の見直しや2回目のフォローメールに回す。継続率そのものをどう上げるかはリピートとLTVを伸ばすCRMの考え方に分けて書きました。ここでは資源をそこへ寄せる判断までにします。新規のCPAが詰まっているなら、SNS運用に充てていた人手を広告クリエイティブの量産に寄せる。在庫も同じで、単品リピート型の商材なら、売れ筋でないSKUの仕込みを止めて、回転する1品に現金を集中させます。
在庫を1品に寄せると、現金繰りが楽になります。サプリや化粧品のような単品リピート型なら、3色5サイズで15種類を抱えるより、回転する1品に現金を集中させたほうが需要を読みやすく、仕込む現金も計算できる。逆に、品ぞろえの幅そのものが売り場の価値になる商材は、絞る前に、どのSKUが利益を作っているかを確かめて、効いていない枝から落とす。広い品ぞろえが安心に見えて資源を薄く割っていないか、ここは業態で見極めが要ります。

優先順位は「効きの大きさ × 速さ」で並べる
寄せ先の候補が複数あって迷うときは、自分は2つの物差しで並べます。1つはKGIへの効きの大きさ、もう1つは結果が出るまでの速さです。
効きが大きくて速いものから手をつける。これは当たり前に見えて、現場ではよく逆をやります。やりやすいから、慣れているから、という理由で、たいして数字を動かさない施策に先に手が伸びる。SNSの投稿頻度を上げるのは着手しやすいけれど、いま利益が詰まっているなら、効くのは定期の引き上げや単価の見直しのほうです。着手しやすいかどうかと、KGIに効くかどうかは、まったく別の話です。
速さも見落とせません。効きは大きくても半年かかる施策ばかりだと、その間に現金が尽きます。だから、効きが大きくて速い1手をまず当てて小さく利益を作り、その利益で時間のかかる施策を仕込む。順番をこう組むと、現金を切らさずに前に進めます。

並べたうちの上位だけ残して、下のほうは思い切って今期はやらないと決める。捨てたものは消えるわけではなく、寄せた1点で利益が出てから戻ってきます。全部を同時に走らせないほうが、結果的には一番速く進めます。
戦略が決まると、戦術のKPIが自然に決まる
誰に、何を、どれだけ寄せ、何を捨てるか。その“誰に”をどう絞り、誰には売らないと決めるかはターゲティングの絞り方で扱っています。ここまで決まると、戦術の層で追う数字がぶれなくなります。新規を取りに行くと決めた局面なら、広告のCPAやCTRを下げることに全力を出せばいい。継続に寄せると決めたなら、広告の細かいKPIは多少目をつぶってもいい。
逆に戦略があいまいなまま戦術に降りると、現場は末端の数字だけ追って一喜一憂します。CPAが下がったと喜んでいたら、取れているのは伸ばしたい層ではない小さな需要だった、ということが起きる。戦術KPIをどう逆算するかは効く広告クリエイティブとKPIの逆算に書きましたが、その数字を「どの方向に効かせるか」を決めるのが、ここまでの戦略の層です。

戦略は、戦術の数字に向きを与えるものです。向きが決まっていない数字は、下がっても上がっても事業を動かしません。
最後に
戦略を立てるというと、分厚い計画書を作る作業に思われがちです。でも現場で本当に効くのは、追う数字を1つに絞り、詰まっているKPIへ人と金と在庫を寄せ、残りを今期はやらないと言い切ること。地味な作業ですが、自分が見てきた中で、ここまで絞り込めた事業から先に数字が動いてきました。
まずは、いま自社が追っているKGIを紙に1つだけ書き出してみてください。2つ以上出てきたなら、それが現場が迷っている原因です。1つに絞って、それを動かすKPIを2、3個までほどく。そこへ寄せられる人と予算がいくらあるかを数える。戦略はそこから始まります。