EC
ターゲティングは、誰に売らないかを決めること
ターゲットは誰ですか、と聞くと「30代〜40代の働く女性、健康志向の方」と返ってくることが多いです。間違ってはいません。でもこの広さのまま商品ページやLPを作ると、たいてい言葉がぼやけます。誰に向けた一文なのか分からなくなって、結局どの一人にも刺さらない。全員に届けようと広げた言葉が、結局どの一人にも届かない。こういう回り道を、自分は現場で何度も見てきました。
全員に売ろうとすると、言葉が薄まる
新しい商品を出すとき、できるだけ多くの人に買ってほしいと思うのは自然です。だから対象を広くとりたくなります。でも、対象を広げるほど、書ける言葉はあたりさわりのないものになっていきます。
たとえばプロテインを売るとして、ターゲットを「健康に関心のある全員」に置いたとします。すると見出しは「毎日の健康に、おいしいタンパク質を」あたりに落ち着く。誰も否定しないけれど、読んだ人の心は動きません。
なぜ動かないのか。
人は、これは自分のことだと感じた瞬間にやっと手を止めるからです。「産後で体力が落ちて、子どもを抱き上げるのもつらい」という人と、「ジムでの増量がうまくいかない」という人は、同じプロテインを買うとしても、引っかかる言葉がまるで違います。前者には「抱っこがつらい朝に」が刺さり、後者には「増量期のたんぱく質、足りていますか」が刺さる。両方に同時に効く一文を書こうとすると、どちらにもうっすらとしか効きません。

広くとれば多くの人に届く、というのは売る側の思い込みです。買う側からすると、誰にでも当てはまる言葉は、自分に向けられた言葉だと感じません。届く範囲を広げたいなら、まず一人に深く刺さる言葉を書く。そうすると、似た事情をかかえた人たちにまとめて届きます。
セグメントは、属性ではなく状況で切る
では誰に絞るのか。ここで多くの人が年齢や性別、年収といった属性で切ろうとします。データが取りやすいので、つい属性で分けたくなります。でも属性でグループを作っても、その中の人たちが同じ理由で買っているとは限りません。
同じ「35歳・女性・会社員」でも、平日の夜に料理する気力が残っていない人もいれば、休日にまとめて作り置きを楽しむ人もいます。この二人に同じ宅食(冷凍の宅配弁当)を、同じ一文で振り向いてもらうのは無理があります。属性は同じでも、困っている場面が違うからです。
だから自分は、属性ではなく状況で切ります。いつ、どんな場面で、何に困っていて、何と比べているのか。買う直前のその人が置かれた状況でグループを作ると、同じ言葉が同じように刺さる人たちが集まります。EC・D2Cのターゲティングで自分がやっているのは、これです。

宅食でいえば「残業続きで自炊が無理な平日の夜」「親の介護で自分の食事は後回し」「産後で買い物にも行けない数週間」。これは年齢で切ったグループではなく、困っている場面で切ったグループです。場面が同じなら、刺さる言葉も近くなります。同じ人が、平日は前者で休日は別の状況にいることもあります。属性ではなく状況だからこそ、ひとりの中の使い分けまで拾えます。
この「困りごと」をどこまで深く掘るかは、それ自体が一つのテーマなので、ここでは深入りしません。買った一人の本音を追う掘り方は顧客インサイトの掘り方でまとめています。ここで言いたいのは、グループを作るときの軸を属性から状況に変えるだけで、刺さるセグメントが見えてくる、という一点です。
平均から作るペルソナと、実在の一人
状況で切ると言うと、ペルソナを作ればいいんですね、と返ってくることがあります。ここは少し注意が必要です。ペルソナは作り方を間違えると、役に立つどころか判断を狂わせるからです。
よくないのは、アンケートの平均から人物像を組み立てるやり方です。年齢は平均35歳、世帯年収はこのくらい、関心はこれとこれ。数字を平均して一人の人物に仕立てると、もっともらしい資料はできあがります。でもその人物は、現実にはどこにもいません。
平均には、こういう落とし穴があります。半分の人がコーヒー好きで、もう半分が紅茶好きだったとき、平均をとると「コーヒーも紅茶もほどほどに好きな人」が出てきます。でも実在するのは、コーヒーが大好きな人か、紅茶が大好きな人のどちらかです。平均から作った人物は、どちらの本音も持っていません。だから平均のペルソナに向けて言葉を作ると、また誰にも刺さらない一文に戻ります。

自分が頼りにするのは、実在する一人です。直近で買ってくれた人の中から、印象に残る一人を選ぶ。その人がどんな生活をしていて、どんな場面でこの商品にたどり着いたのかを追っていく。これがN1分析(実在の一人を深く掘る読み方)です。平均をならして作った架空の人物より、本当に買った一人のほうが、嘘のない決め手を聞かせてくれます。
ペルソナそのものが悪いわけではありません。実在の一人をもとに、その人の状況を言葉にしたものなら、ちゃんと使えます。まずいのは、平均値を寄せ集めて作った、現実には存在しない人物です。そのN1の本音をどこまで深く掘るかは前述の顧客インサイトの記事に任せて、ここでは「平均で作るな、実在の一人から作れ」という線引きだけ押さえておきます。
平均から人物像を作ると、現実にいない誰かに向けて話すことになります。自分が狙うのは、本当に買ってくれた一人です。
どのセグメントを取りに行くか:ターゲットの選び方
状況でセグメントが見えて、その中に実在の一人が立ってきました。ここで終わりではありません。たいてい、刺さりそうなセグメントは複数出てきます。残業続きの平日も、産後の数週間も、介護で後回しも、どれも宅食が役に立ちそうに見える。全部取りに行きたくなります。
でも、全部に向けて同時に届けようとすると、また「全員向け」に逆戻りします。限られた予算と在庫と、書ける言葉の数を考えれば、最初に取りに行く一つを選ぶしかありません。
自分が選ぶときに見るのは、三つです。一つ目は、その困りごとがどれだけ切実か。あったらいいな、より、これがないと本当に困る、のほうが選ばれやすいです。二つ目は、その状況にいる人がどれだけいるか。切実でも対象が数人では商売になりません。三つ目は、自社の商品がその場面で、ほかの手段よりはっきり選ばれるか。産後で買い物にも行けない数週間なら、ストックしておける冷凍宅配が、毎回頼むデリバリーより本当に選ばれる理由があるか、です。そしてもう一つ、見落としがちなのが、その状況にいる人を広告や検索でちゃんと見つけられるか、いくらで一人来てもらえるか、です。切実で人数がいて選ばれる場面でも、その人を狙い撃ちする手段がなければ取りに行けません。

三つ目の「勝てるか」は、そのセグメントの中で誰と比べられ、どう立ち位置を取るかの話です。同じ場面でも相手によって取るべき立ち位置は変わるので、その読み方は競合を3つの層で読むに分けて書いています。ここで決めたいのは、その手前の「どの場面に賭けるか」です。
一つ選ぶというのは、残りを選ばないと決めることでもあります。残業の平日に賭けると決めたなら、産後の数週間も介護の後回しも、いったん脇に置く。広告も、見出しも、商品ページの一行目も、残業の夜にいる一人に向けて揃えます。取りに行く一つを決めるのは、ほかを捨てるのと同じです。これが怖くて全部に手を伸ばすと、どの場面の人にも中途半端な言葉しか届きません。予算や在庫をどこに寄せるか、何を追って何を追わないかという全体の判断はEC戦略の立て方に書いているので、ここではターゲットを一つに絞る話だけに絞ります。
ターゲットを選ぶのは、捨てるほうを決めることです。全部に向けて書いた一文は、結局どの一人にも届きません。
捨てた場面は、消えてなくなるわけではありません。最初の一つで数字が立ってから、次の場面に同じやり方で広げていけます。順番に取りに行けばいいだけで、最初から全部を同時に狙わない、というだけの話です。
最後に
ターゲティングというと、市場をきれいに区切って、表を埋める作業に思われがちです。でも現場でいちばん効くのは、表を作る前に「この商品を、本当に必要としている一人は誰か」を決めることです。その一人がいる場面を選んで、ほかの場面はいったん手放す。これだけで、書ける言葉がぐっと具体的になります。
やってほしいのは、難しいことではありません。直近で買ってくれた注文を一件だけ選んで、その人がどんな場面で、何に困って、この商品にたどり着いたのかを書き出してみる。年齢や性別ではなく、その瞬間の状況を書く。そこに、最初に取りに行くセグメントの輪郭が出てきます。
誰を選ぶかが決まると、商品の中身も広告も価格の見せ方も、その一人に合わせて揃えやすくなります。ターゲット選定が、商品・チャネル・販促をまとめてどう動かすかの出発点になる話はEC・D2Cの売上を伸ばす全体像で続けます。